眠れる森
A Sleeping Forest
第四幕 ◆ 「暴行」
Reported By No.533 tadami
<実那子の部屋>
向かいのアパートから出てくる実那子を目撃した輝一郎が(前回参照)、新居を訪れた。
輝一郎は実那子に何かあったのかと尋ねる。
いつかは話さなければならないと考えていた実那子は今までの嫌がらせは(ボヤ騒ぎ、怪文書、仕事の邪魔)多分直季の仕業だと告白する。
そして直季は子供の頃に27歳になる頃の秋に故郷の森で会おうという手紙をくれた幼なじみで、2週間前に故郷で会ったのだと説明した。
実那子「あなたと結婚する前に自分の過去を確かめたくて
昔の私を知っている人に会いたくなって・・・。」
・・・・・・でも謎ばかりであった。
<直季の仕事場−イベント会場作りの現場−>
直季は徹夜で舞台照明の取り付け作業をしている。そこへ
輝一郎が尋ねてきた。
輝一郎 「伊藤直季さんですね。」
輝一郎は何が目的で実那子につきまとうのだと問うが、直季は
そっけなく「愛だよ」と答えて話を変えた。
直季 「会社で色んな不正をしてるんだって?
そうゆうのって自分の力に自信がないからするんだろうね。」
輝一郎
「週刊誌の記事はやっぱりお前の仕業か!?」
直季 「海外にでも行って人間修行のやり直しした方がいいよ、
一番大切ななのは誠意なんだってことを学んで来たほうが・・・。
実那子は俺が預かるから 。」
的外れな返事をして、意味ありげに言い加えた。
直季 「あんたは実那子の全てを引き受ける事はできないよ。」
輝一郎
「実那子の全てを・・・?実那子に何があるって言うんだ?」
直季 「本人がそのうち話してくれるんじゃない?」
輝一郎は話にならない直季にいらつき、
「今すぐあのアパートを引き払って実那子の前から消えろ!」と声を荒立てた。
直季 「しーっ!皆聞いてるって。
裏の仕事で知り合ったヤクザ系に頼んで、俺をボコボコにしたり、脅したりするんだ、
エリート商社マンのやりそうな事だよね。」
輝一郎が怒り、直季のむなぐらを両手で掴み睨み付けた。
直季 「そうだよ、人に頼まないで自分でやらなきゃ、いいよ,殴って。はいよ。」
歯を食いしばって目をつぶり頬を差し出した。
しかし輝一郎に殴る気がないとわかると、輝一郎の腕を解き、わざと神経を逆なでするように言った。
直季 「俺、眠いからもう帰るわ。実那子の向かいのアパートに。」
その場を去っていく直季の背中に向かって輝一郎は
輝一郎「
実那子に2度と近づくな!」と叫んだ。
<図書館>
実那子は自分の家族に起こった事件を当時の地方新聞(日刊福島)で調べてみた。
しかし、1983年の暮れから新年にかけて乗用車がトラックと激突、一家4人のうち12歳の次女だけが生き残ったという交通事故の記事などはどこにもなかった。
ところが、12月25日(日)の見出しに実那子は目が釘付けになった。
『市会議員一家殺人事件』 『クリスマスイブの惨劇』
森田明仁、加寿子、貴美子(顔写真も載っている)・・・実那子の家族だ。
『生存者は12歳の次女』
さらに、読み進むと犯人の顔写真が付いた記事があった。
『長女貴美子さんと交際していた大学生国府吉春容疑者は、警察に通報した第一発見者であったが、事件から3日後殺人容疑で逮捕された。交際を父親の明仁さんに反対された為、家に押し入り次女の実那子さん以外の3人を殺したと警察は見ている。国府容疑者が恋人の貴美子さんまで殺害したのは心中の為ではないかと思われる。』
その裁判の記事には、『国府容疑者は第1審で無期懲役の判決を受けたが控訴はせず、刑に服した』あった。
実那子は交通事故ではなくて殺人事件で家族を失っていたのだった。
<夜景の見えるバー>
テーブルには昼間図書館で調べた新聞のコピーが置いてある。
実那子「私が殺人事件の犠牲者だっておじは隠そうとしたんだと思う。」
輝一郎「じゃあ当時の記憶をそっくり取り除いたというのか?」
実那子「私は事件の目撃者だった。
悲惨な記憶を忘れさせてやりたい一心だったんだと思う。」
輝一郎「この日の事はホントに何も覚えていないのか?」
実那子「私は家の廊下に立っていてその足元に血が流れてきた。」
「この頃見た事もない光景を突然思い出したりするの。
私はその時家で何が起こったのかきっと見ていた。」
福島ではなく、群馬が故郷である、と記憶を変えることが、実那子のおじにできたかどうかわからない。しかし、実那子は新しい実那子にならなきゃいけないというのがおじの口癖だった。
出生地は戸籍を見ればわかってしまう。おじは実那子が初めて海外旅行する時、パスポートの手続きをしてくれいた。
他に戸籍を見る機会は入籍の時ぐらいだ。
実那子「いつかはわかることだっておじも覚悟していたことなんだと思う。
でも私が真実を知るのはできるだけ先延ばしにしたかった。」
輝一郎「このことだったのか、実那子の全てって。伊藤直季が俺にそう言ったんだよ。」
「あいつははじめから知っていたんだ。実那子がこの事件の関係者だってことを。」
***私は輝一郎に言えないことがあった。伊藤直季が私に言った言葉だ。
「残酷な事が待ち受けているんだ!!」
それが15年前の事件に関係している。輝一郎にこれ以上心配をかけたくなかった。
それは私の負い目なのかもしれない。
釣り合わないカップル、誰にも祝福されない結婚。
そう考えると私のような女のためにもう輝一郎に苦しんで欲しくなかった。***
帰り道、輝一郎の運転する車の助手席で実那子は心の中でつぶやいていた。
そこへ輝一郎が実那子に語りかけた。
輝一郎「今と未来だけで生きていけるってこと、俺が証明してやるよ。」
「一緒に苦しむよ。二人で分ければ苦しみだって2等分だ。」
新居のマンションの前で実那子は車から降りた。
輝一郎も降りて実那子がエントランスに入って行くのを見送った。
「今と未来を生きる、かあ・・・。」
輝一郎は独り言を言って、実那子が部屋の電気を灯すのを見届けた。
車に乗り込んでエンジンをかけ、バックミラーを覗き込んだその時−バックミラーの中に一人の女のシルエットが白く浮かび上がった。
輝一郎は驚いて振りかえったが、誰もいなかった。
輝一郎は苦笑いして車を発進させた。しばらく走ると再びバックミラーの中に人陰を見つけ、急ブレーキを踏んだ。車から飛び降りて、その方向を見ると・・・。
先ほどの白いドレスの女が街路灯に照らされて今度ははっきりと見える。
女は輝一郎に振り向きながら闇の中へ走り去っていった。
「母さん・・・!!」輝一郎は呆然と立ちすくんだ。
<直季の部屋>
翌朝、実那子は一人で直季の部屋を訪ねた。確かめたい事が山ほどあった。
直季は風邪をひいていた。
つらそうだから出直すと言う実那子に直季はおかゆを作って欲しいと頼む。
実那子は不平を言いながらも直季のペースにはまってしまい、渋々作った。
直季の母は心臓が悪くて入院していた。
直季はおかゆを食べながら母におかゆを作ってあげた思い出を実那子に話した。
実那子は自分の母も心臓が悪くて入院していたので、学校の帰りに母の大好きだったリンゴを畑から失敬して母に食べさせた事を直季に話す。
直季 「親とか入院しているとリンゴや梨の剥き方が
うまくならないか?
俺なんかきっかり1cm幅で剥けるからね。」
実那子「 私も!」
ややはしゃいだ様子で言ったが、すぐに疑問に変わった。
「どうしてこんなに共通点があるの?私があなたの一部だってことはこの事を言っているの?」
実那子「あなた、輝一郎に会ったそうね。」実那子は本題に入った。
直季 「殴られるかと思っちゃった。」
直季がおどけてはぐらかすと、実那子は彼は高校の時に空手をしていたので結構強いだろう、と脅かした。
実那子「あなた言ったそうね。『あんたは実那子の全てを引き受ける事はできない』って。
私の全てって15年前に家族が国府吉春って男に殺された事件の事を言っているの?」
直季は急に黙りこくった。
実那子「黙らないでよ。あなた言ったわよね。今から実那子は生まれ変わればいいんだって。
過去を忘れるっていうだけじゃなくて、あなたは私の今を壊そうとしている。
先行きの見えない未来に私を連れて行こうとしている。どうしてそんなことをするの?」
直季 「そういうのが愛なんじゃないの?」
実那子「あなたが連れて行く未来にどんな幸せがあるのよ。
あなたは15年前の事件についてどこまで知っているのよ。」
そう実那子に尋ねられると、急に直季は具合が悪いからとベッドに深く潜り込み、背中を向けてしまった。
実那子は今日のところはあきらめて引き上げることにした。
−バタン−実那子が部屋を出て、ドア閉まる音が聞こえた。
直季は天井を仰いだ。そして「もう限界だな。」静かに言った。
***私はもっと聞きたかった。薄気味悪くて神経を逆なでされて憎んでさえいる相手なのにあなたといると懐かしい思いにかられるのは何故なの?あなたが言うように私はあなたの一部なのかも知れないと感じてしまうのは何故なの?***
<濱崎の家の正輝のアトリエ>
輝一郎は白いドレスをまとった母の肖像画をみつめて立っていた。
そして昨夜見た白いドレスの女の陰影を思い返していた。
来週から実那子は(絵のモデルとして)正輝のアトリエへやって来る。
正 輝「どうせお前は忙しくて彼女に淋しい思いをさせているんだろう。
相手してやるから心配するな。」
輝一郎の後ろから優しく声をかけた。
輝一郎「母さんはさあ、俺に絵の才能がなかったから出ていったのかなあ・・?」
輝一郎は母の裸を画かされたことがあった。しかし睡眠薬で肌のつやがなくなって、たるんだ裸をキレイに画けなかった。だから母がクリスマスイブの夜に酒瓶を持って蒸発したのだと、ずっと思ってきた。
輝一郎もまた過去に囚われていた。
そんな息子に「幸せになってくれ。」と正輝は祈るように言った。
<中華街>
敬太が携帯電話を片手に中華街を歩いている。相手は直季だ。
敬太「国府と刑務所で一緒だった男が中華街でコックをやってるって情報があるんだ。
今調べてる最中。国府がそのコックのところに転がり込んでんじゃないかと思うんだ。」
ある小さな中華理店では国府の内縁の妻・春絵が岡持ちをさげて店に帰って来た。
店主である兄の和良に国府の所在を尋ねられるが春絵は知らない。
和良「あいつどこをほっつき歩いてるんだよ。そろそろ法務局の人間が動き出すぞ。」
春絵「兄さん、あの人私に隠れて何しようとしてるんだろう・・・?」
悪い予感がして春絵が言った。
その頃国府は大庭実那子の勤め先を探していた。
都内の植物園をリストアップした紙をポケットにねじこんで、大庭実那子という女性が勤めていないかを、一件一件聞いて回っているのだ。
<直季の部屋>
由里が直季の部屋に来ていた。
敬太を問い詰めて直季の引越し先を聞き出したのだ。
直季は風邪がまだ完全に治っていない体で、PCに向かって仕事をしている。
由里は流しで洗いものをしながら
由里「いじめて痛めつけて、相手がボロボロになったところで口説きにかかるのが
直季のやり方なんだって?それってまるで好きな女の子に意地悪する子供みたい。」
直季 「かもな。」
由里は一通りのことが終わるとすぐに帰り支度を始めた。直季は少し意外そうだ。
由里「直季に帰れと言われる前に帰ろうっと、じゃあね。
栄養のあるもの食べなきゃだめよ。バイバイ。」
わざと明るくに振る舞い、直季の部屋を出た 。
帰って行く由里の後ろ姿を、直季は窓から複雑な表情で見送った。
<街の横断歩道>
実那子は箱詰めにした鉢を荷車にのせて配達中、横断歩道で信号待ちをしている。
向かいの路肩に止めてあったトラックの荷台のカバーが勢いよくはずされた。
カバーの下から硝子板が現れた瞬間、陽の光がそれに反射して実那子の目に飛び込んだ。
実那子は昔の記憶が蘇る。車の騒音もだんだん聞こえなくなっていく。
・・・床を伝って足下に迫って来る多量の血・・・またあの光景だ・・・。
今回はさらに新しい光景がそれに続く。
・・・実那子は見ていた。その部屋の戸口から。外では稲光が瞬いている。
全てがスローモーションになって実那子の目前で繰り広げられる。
父がゆっくりと実那子の方へ倒れ込んだ。実那子の白い靴下にも赤い血が点々と散った。
向こうでは、母もお腹のあたりを赤く染めて仰向けに倒れている。床は血まみれだ。
「きゃーっ!」
悲鳴が聞こえる方に目を向ける。姉が手袋をした犯人に髪を掴まれて、部屋の奥に連れ戻されそうになっている。姉が逃げようとして掴んだ茶ダンスが倒れて、その上に飾ってあった家族の写真入れが落ちて壊れた。
・・・実那子は見ていた。家族が殺害される現場を。・・・
しかし、プツッとその光景は途絶えた。
自分が事件現場を目撃していた記憶が蘇った実那子は、ショックで震えが止まらない。
携帯電話で輝一郎に助けを求めた。
<実那子の部屋>
実那子の連絡を受けて輝一郎が実那子の様子を見に来た。
実那子「間隔がだんだん短くなるの。忘れていたことを思い出す間隔が・・。
まるで過去が意志を持っているみたいに私に近づいてくる。」
輝一郎「家族の人は実那子の目の前で・・・?」
実那子「国府吉春がお姉ちゃんの髪の毛を掴んで部屋に連れ戻して・・。
本当に心中だったのかな・・・?」
実那子が困惑すると、輝一郎は実那子をソファに座らせた。
一息ついて実那子は言った。
「今と未来だけで生きていけるならどんなにいいかと思った。だけど人間は過去がないと生きていけないんじゃないかな。」
「どんな過去でも人が生きていく為の道標になるのよ。どんな両親だったのか、どんな家庭の幸せがあったのか、私はそれを知らなければならない。だってこれから輝一郎と結婚するんだもの。」
実那子は一人で過去を見つけに行きたいと言うが、輝一郎は自分も一緒に行くと言う。
輝一郎「実那子の人生は俺の人生でもあるんだぞ。
言っただろう。苦しみも二人で分け合うって。」
二人は実那子が故郷だと思っていた群馬を洗い直しに行くことにし、翌朝輝一郎は車で迎えに来ると約束した。
<直季の部屋>
翌朝、輝一郎が迎えに来る前、実那子は再び直季の部屋を訪ねた。
実那子「恐ろしいものが近づいてきて少しづつ正体がわかってくる。」
「足下に流れてきた血は父の血だった。血まみれの母もいた。
姉は私の方に逃げ出そうとしていた。犯人がその髪を掴んだ。」
「1983年12月24日私は12歳であなたは10歳だった。
あのどしゃぶりのイブの夜。何処で何してた?」
直季 「俺にアリバイを聞いてるわけだ。」
実那子「私の身に起こった事は新聞で知っただけ?
それとも警察も新聞も突き止められない事をあなたは知ってたんじゃないの?
私の記憶がどこでどう狂わされたのかあなたは知ってるはず。
殺人事件の記憶がどこでどういうふうに交通事故の記憶にすりかわったの?!」
直季 「・・・・・・。」黙って答えない。
実那子「あなたに聞いても無駄だと思っていた。もう一度群馬に行く。
おじかおじ以外の誰かが私に何かしたはずなの。それを確かめに行く。」そう言って踵を返した。
直季 「よせ!!」実那子の後を追った。
実那子「なぜ止めるの?調べてあなたに何か困る事でもあるの?」
直季 「実那子は今生まれた。それでいいだろ?」
実那子「そんな話はいいの。あなたが何も教えてくれないから私は自分で確かめに行くのよ。
約束して、もし私があなたが隠そうとしている事を探り当てて、群馬から帰ってきた時は
ここからいなくなって欲しい。何も探り当てなかったとしても私は輝一郎と結婚する。
輝一郎と幸せになる。だからあなたにはいなくなって欲しいのよ。いいわね?」
「もうあなたなんてたくさん!さようなら!」
その言葉を聞いて、直季はすごい形相になった。
部屋を出て行こうとして、実那子は玄関のドアノブを掴みかけた。
その反対の腕を直季はすごい力で引っ張ってベッドの上に押し倒すと、四つん這いになって実那子を押えつけた。
実那子は悲鳴を挙げようとするが、恐ろしさのあまり声にならない。
直季 「いなくなれだと!?奴と結婚するって?
俺がしてやるよ。俺が実那子のこと幸せにしてやるよ!!文句あるかよ。なあ!」
「どうなんだよっ!おい!」
返事さえできない実那子に向かって直季は思い切り叫んだ。
その時である−
実那子が群馬から引っ越す日の事が、急に直季の脳裏にリフレインされた。
「一人じゃないよ。いつでも僕がついているから・・。」
実那子を乗せた車が去って行く。それを遠くから見つめて直季はつぶやいた。
この光景を思い出した直季は我に返った。
実那子を押さえつけていた手の力をゆるめた。
全身の力が抜けたようによろよろと立ち上がると、ベッドの脇にへたり込んで頭を抱えた。
そのスキをみて実那子は部屋を飛び出した。表へ出て自分の部屋に戻ろうと恐怖で震えながら歩き出した。
そこへ輝一郎が車で迎えに来たが、実那子の様子がおかしいと気付く。
輝一郎「何かあったのか?あいつに何かされたのか?」
実那子「何にもないの。」平静を装って答えた。
間もなく輝一郎と実那子は群馬に向かって出発した。
***予感があった。あの眠れる森に真実が眠っているのではないか?***
<実那子の植物園>
国府がついにやって来た。
国府 「大庭美那子さんという方がここに勤めてないでしょうか?」
浅羽祥子「はい、でも昨日から休みをとってますけど。」
国府 「そうですか。」ニヤリと笑ったかのように見えた。
★レポ後記★
表情、情景等を文字にするのは非常に難しいと、痛感しました。
しかも、木村君のセリフはすべて愛しくて、削らなければならない現実と削りたくない気持ちで頭が混乱してしまいました。
心を鬼にして(大袈裟)削ったつもりですが・・・長いですね。トホホ。
皆様どうか初心者のすることだと仏の心でお許し下さい。 tadami