眠れる森
A Sleeping Forest



第五幕 ◆ 「隠れ家」


Reported By No.195 HARUMI


  あの森に真実が眠っているという予感が・・・・・あった。

  実那子は輝一郎と眠れる森へと向かった。

実那子「私、過去に励まされたかったの。孤独な時代を頑張って生きてきましたねって
    元気づけて欲しかったの。
    私は、確かにひとりじゃなかった。」

  森の中 敬太とのターザンごっこの思い出

でも本当にそんなことがあったのか。実那子は直季と出会ったハンモックを見つめた。

実那子「森の思い出なんて、嘘だったのかなぁ。本当のことはどの位あるんだろ。」

薪を割る音に引き寄せられるように、実那子と輝一郎は、森の奥へと向かった。

森の奥で出会った男は、実那子を知っているようだった。
私は、誰?実那子の問いにその男は、実那子は15年前の自分の患者であると告げた。
その男は、伊藤直巳、直季の父であった。直巳は、この森で精神の治療を行っていた。

 = 診療所に入るふたりを見つめる直季がいた。=

 

        眠れる森 第5幕 隠れ家

 

<診療所>

直巳は、古くからつきあいのあった実那子の叔父、大庭善三に頼まれこの森で実那子の治療を行っていた。
15年前、家族をすべて亡くし、殺人現場に取り残され、心を閉ざしてしまった実那子に催眠療法で別の記憶を埋め込んだことを明かした。

直巳は15年前の精神療法を施されている実那子のビデオを見せた。

実那子の子供時代に同級生と遊んだ森の記憶。 その森という共通項が記憶の埋め込みの足がかりになったこと。記憶の埋め込みには、二ヶ月近くかかったが殺人事件につながるすべての記憶は封印されたことを説明した。

   実那子に埋め込まれた記憶、それは直季のものだった。

 =診療所のことが気になり不安げに森を歩く直季。足元に落ちていたボールを拾った。=

 

<15年前。>

実在の記憶を埋め込むため、直巳は直季に同じ年頃の子供としてどんなことをして遊んでいるかと訊ねた。
   直季は、答えた。
   敬太と森でのターザンごっこ。
   キャッチボール。
   敬太が父からカーブの投げ方を教えてもらったという話・・・・。
しかし、それは当時母を亡くしたばかりで寂しかった直季の夢だった。

実那子が持っていたグローブは、直季のものだったのだ。

実那子が診療所から叔父の元に帰った後、直巳は直季にどういう治療を行ったのか説明した。
埋め込んだ記憶の耐久性の限界が15年で、その頃になると本物の記憶を思い出す可能性が出てくることを。

「事件当時の記憶、その時の恐怖を再び思い出した時、直季は何かの役に立ちたいと思ったのかもしれない。
森田実那子の心がまた、闇に閉ざされた時、それを救えるのは僕しかいない。だから僕は森田実那子の人生を見続けなければならない。直季は15年経つころ、あなたに会わなければならないという思いにとりつかれてしまったのかもしれない。
あるいは、犯人の国府吉春が出所したのを知って姿をあらわしたのかもしれない。」と、直巳は語った。

国府吉春は、15年で仮出所になり、現在行方不明だった。

実那子と輝一郎は、直巳が当時の担当検事から治療のための資料としてもらっていた、公判資料とともに診療所を後にした。

直巳は直季に治療ではなく実験だったのではないかと責められたが、自分のしたことに後悔はなかった。
「強く生きてくれ。」直巳は眠れる森を後にする実那子にそう、つぶやいた。

 

<眠れる森を去る車の中>

輝一郎「今なら、何処へでも行けるぞ。誰も俺たちの知らない場所に。どうする?」
実那子「私は、森田実那子として子供時代を生きてきて、
    大庭実那子として結婚して濱崎実那子になるの。これからなにもかも思い出して、
    国府吉春とまた出会うことになったとしても私逃げたくない。あなたと生きていく。」

実那子は、過去のすべてを受け入れ、結婚へと踏み出そうとしていた。

 

<診療所にて直巳と直季>

入れ替わりに診療所に直季が現れた。
「悪人になって破壊者になって恋人と別れさせて、知らない土地へつれていって過去からあの子を守る。そういうことなら、やるべき事はもうなにもないはずだ。」と直巳は直季に告げた。

 = 直季は、黙ってコーヒーを飲むだけだった。=

 

<敬太と輝一郎>

輝一郎が敬太のところに国府吉春の情報が欲しいと取引に現れた。
親友を裏切れないないと断るもののお金のため、引き受けてしまう。

輝一郎は、殺人犯国府吉春とは同じ大学、福島学院大学文学部の同級生、同じ学生寮で生活していた。

  家族を殺した犯人と婚約者が同級生であった。
  そのことを実那子は、まだ知らなかった。

 

<直季の家>

帰宅した直季がベランダに出ると、実那子もベランダに出ていた。
ベランダ越しにふたりは語り合った。
子供時代の記憶を共有していたことで、素直になれた。

直季 「よっ。」
実那子「あなたのお父さんに会ってきた。
    どうして私たちがおんなじ思い出を持っているのか、やっと分かった。
    あ、これ返した方がいいわね。」と、グローブを差し出した。
直季 「捨てたもんだから。とっくの昔に。」
実那子「でも、お父さんの思い出が。」
直季 「そんな思い出、ないから、あんたに譲ったんだ。」
実那子「暗示の力ってすごいのね。カーブ、私ほんとに投げられそうな気がする。」
直季 「こういう感じで。俺のカーブってさ。フォークとは違った落ち方するんだ。」

 = 直季は実那子にボールを投げた。 =

実那子「ベランダに家族全員横一列に並んで、沈む夕日を眺めてる。
    みんな同じように安らかな顔で、眺めてる。日がとっぷり暮れるとお母さんが言うの。
    『みんなごはんよ』って。あれもあなたの夢だったのね。
    大切なものもらっちゃったのかな、私。ほんとにもらってもいいの?あの夢も。」
直季 「やるよ。あっ、この間、この間ここで悪かったな。許してくれなくてもいいんだけどさ。」
実那子「こわかった。」
直季 「そんなに俺のこと目障りだったら、俺、実那子の前から消えてやってもいいんだけど。
    この部屋。気に入ってるから。だからもうしばらくここに居させてもらおうかな。」
実那子「本当ね。私はあなたの一部だった。何かほんとにそんな感じがする。」
その言葉に直季は取り残された気持ちになった。

 =実那子が直季にボールを投げた。=

直季は実那子に投げ返せなかったボールを見つめていた。

 

<麻紀子の墓>

輝一郎の母麻紀子の墓に向かう途中、輝一郎は、
輝一郎の父正輝は、息子のために母麻紀子の失踪を届け出たこと。
7年後の輝一郎が二十歳のクリスマスイブに失踪宣告をうけて死人として葬られたこと。
を実那子に語った。

麻紀子の墓には誰かが墓参りにきたと思われる花があった。

何かにおびえる輝一郎が振り返ると、そこには白いドレスの母の姿があった。

 

<実那子と輝一郎のマンション>

実那子と輝一郎は、当時の公判資料で事件を検証していく。
検察側が用意した証拠では、国府を有罪にする決め手がほとんどなかった。
弁護側にも国府を無実に出来るだけのものはなく、唯一、事件を見ていたはずの実那子は証言台に立てる状態では、なかった。

  国府は二階から下りてきた次女実那子に気づいたが、殺すことは出来ず、
  裏口から逃走した。
  裏の教会ではクリスマスイブのミサが行われていたが、逃走する国府を
  目撃したものは誰もいなかった。

国府が無実だとしたら。
国府は今何を考え、どうして今姿を消したのか。やり残したことがあるというのだろうか。
実那子は、漠然とした不安を抱き始めていた。

 

<15年前の輝一郎と国府。学生寮 >

輝一郎「国府、またデートか。門限破ると寮長に叱られるぞ。」
国府 「アリバイ頼むぞ。」
輝一郎 「しょうがない奴だな。」

その頃直季は、敬太からの情報で国府吉春の兄、国府和彦を訪ねていた。

アパートに戻った国府は春絵にこう告げた。
  しばらく別の人間になる。考えているんだ、あいつにふさわしい地獄を・・・。

 

<再びマンション>

どんな家族になろうかとの輝一郎の言葉に実那子は、直季と共有している夢を語った。

  ほんとにもらっていいの?あの夢も。  ・・・・やるよ。

輝一郎「あれ?実那子ちゃん、おねえちゃんと一緒だったの?」
実那子「うん、おねえちゃん国府さんとデートだし。ねえ、濱崎さんちょっと遊んでよ。」
輝一郎「いいよ、じゃ何して遊ぼうか?」
実那子「キャッチボールがいいな。」
輝一郎「じゃあ今日は、カーブの投げ方を教えてやろう。」
実那子「やった〜。」

  15年前の実那子と輝一郎・・・だった。


           つづく


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