眠れる森
A Sleeping Forest



第七幕 ◆ 「タイムカプセル」


Reported By No.594 アユッチ


枯れ葉を散らして停まるダークグレーのオフロード。
ドライバーシートから降りた直季は、目の前にある一軒の「家」を眺める。



〜 実那子は鏡に映る幼い自分の姿をフラッシュバックの中でハッキリと見た。
  手に持った包丁、血に染まった服、そして鏡に映った自分の姿に微笑む少女・・・。
  その異様な光景に、よろめきながら実那子は言った。「家族を殺したのは・・・私よ」 〜

その「家」は人が住んでいたとは思えないほど、荒れ果てていた。
時に晒されるまま色を失い、門扉にうちつけられた板や張り巡らされた有刺鉄線が、15年もの長い間、人の侵入を阻んできたようだった。

直季はその家をしばらくの間、眺めていた。
「父親は教育委員会の委員長であり、市会議員。母親はボランティアに熱心な主婦、姉妹は美人で、長女は将来有望な少女バイオリニスト・・・森田家は理想の一家だったと誰もが言う。あの事件が起きるまでは・・・」

「森田」の表札をチラッと見た後、直季は車に乗り込もうとした。
一瞬振り返えると、傍らに今も変わらず白く静かにたたずむマリア像があった。

立ち去る直季と入れ替わりに国府が現れ、マリア像を背に物憂げにその「家」を見つめる・・・。

 

A Sleeping Forest 〜眠れる森〜 <第7幕> タイムカプセル

 

***輝一郎の父、正輝のアトリエ***

正輝 「実那子さん・・・」
実那子「・・・はい」
正輝 「もっと・・・自信を持って下さい。誰よりも輝一郎に愛されている女性として。
    ・・・こうやっていると、心の形も見えてくるんです」
実那子「こわいですね」
正輝 「・・・何百枚も妻の絵を描いていながら、妻の心は・・・読めなかった」
実那子「輝一郎に結婚を申し込まれたとき、私とても迷いました。
    輝一郎にはふさわしい人がもっといるんじゃないかって・・・。
    でも彼は、実那子じゃなきゃダメなんだって言ってくれました。どうして私じゃなきゃダメなのか・・・
    その時は分からなかったんですけど・・・」
正輝 「今なら・・・わかる?」
実那子「ええ、分かります。子供の頃の私も彼はよく知っていたんです」
正輝 「・・・らしいですね」
実那子「私たちって・・・深いところで繋がっていたんだなって分かって・・・感動しました」
正輝 「なら・・・もっと・・・胸を張って」
実那子(大きくうなずく)
正輝 (笑い返してから、立ち上がり窓から射す陽の光を見る)
    「ほら・・・太陽が・・・あなたに吸い寄せられた」

 ・・・そう言いながら、正輝は描きかけの実那子の絵に十字を加えた・・・

 

***実那子の幼なじみの家***

直季は、実那子の幼なじみの家を訪ねていた。

幼なじみ「実那ちゃんはお父さんのことを憎んでいたんだと思います。・・・」
(直季は差し出されたお茶に礼を言いながら、傍らに腰掛け、実那子の幼なじみの話を聞いていた。)

幼なじみ「小学校の修学旅行の時、あの事件の起こった年の春です。
    私・・・お風呂で実那ちゃんのあざに気付いたんです。・・・肩や背中や腰にいくつもあざが・・・。
    今で言う児童虐待ってやつですね。・・・わたし実那ちゃんにききました。
    お姉さんもお父さんから同じことされてるのって・・・。そしたら、みなちゃんは首をふりました。
    ならどうして実那ちゃんだけそういうことされるの? って聞いても、みなちゃん・・・
    首ふるばっかりで・・・あたし・・・それ以上何も聞けなかった」
直季 「・・・子供の頃・・・実那子さんとよく・・・森で一緒に遊んだみたいですね」
幼なじみ「御倉の森です。実那ちゃんと一緒に隠れ家造ったり、集めたどんぐりでままごとをしました。
    紅葉が散ってしまう今頃でも、一日中暗くて、さみしくて、・・・誰もよりつかない森です」

幼なじみの家を後にする直季。頭の中は新たな疑問で一杯だった。
「家族に傷つけられたトラウマによって、人生に暗い影を落とすアダルトチルドレン・・・実那子は父親に虐待されていた。父親と長女きみこの間にはそんなことはなかったという。なぜ実那子だけが・・・。」

直季が車に乗り込むと、携帯がなった。声の主は敬太だった。
直季 「はい。もしもし・・・。・・・あっ、今どこ。 ・・・御倉渓谷? ・・・何、新発見って・・・。・・・えっ?」

直季は敬太の話に怪訝そうな顔をした。

 

***敬太と直季の会話***

敬太は一枚の写真を持って、直季に調べたことを報告した。写真には、小学生だった実那子とその友人たちが写っていた。

敬太「森田実那子の同級生で、沖田将人っていう男の子が流れに飲まれて溺死体でみつかった。
   クリスマス前の事件が起きる5ヶ月前の夏だ。森田実那子がチョット目を離した間に
   将人くんが川に落ちたらしい」
直季「で、目撃者とかは?」
敬太「いない。・・・だけど、現場の近くで実那子の父親が目撃されてる」
直季「あっ?」
敬太「ヘンナ話だろぉ。でもその、父親の森田あきひとはそれを否定している」
直季「じゃぁ・・・娘が同級生とデートしている場所に父親がいたってこと・・・?」
敬太「で、それを証言したのは誰だと思う?」
直季「だれっ?」
敬太「森田実那子だよ。・・・将人くんが川に落ちたのが分かって実那子ちゃんは
   助けを呼びに走った。その途中で・・・」


〜 川に流された男の子を必死で追いかける女の子がいる。
  足を取られて転んだ拍子に父が崖の上にいるのを見つけ、助けを求めるが、
  父親はそのまま去ってしまう 〜


敬太「・・・ところが当の本人は事件当日、秘書と一緒に会議室にこもってたらしい。
   まあ、相手は市会議員だし警察もヘタに事情聴取することができなかったんだろうな。
   スキだった男の子を父親に殺されたとしたら・・・そりゃあ、憎むよなぁ。
   ・・・俺もう少しあっちで調べてみるわ。死んだこの子のお母さんに話が聞けそうなんだ」
直季「・・・頼む」

 

***実那子の勤め先***

直季は、敬太から聞いたことを一部始終実那子に話した。二人の間に重苦しい空気が流れている。

実那子「私には動機があるってことね。父親を殺す動機が・・・。
   だってそうでしょ? 私は父親に虐待されていた。ボーイフレンド、川に突き落とされた・・・。
   私は父親を憎んでた。殺してやりたいと思ってた」
直季 「おい、落ち着け。なっなっ・・・」
実那子「調べれば調べるほど自分がとんでもない子供だってことが分かってくる」
直季 「もぉ、わかった。もぉ調べんのやめた!」
実那子「ここまでわかってどう止めろっていうのよ。最後まで知るしかないじゃない」
直季 「よく聞けよ、な」
実那子「もう何もかもいや!」

直季 「・・・いいか。殺されたのは父親だけじゃないんだよ。母親も姉も殺されているんだ。
   じゃ、その動機はなんだよ。そもそも12歳の子供が大人3人相手に何ができるっていうんだ。
   ・・・なっ・・・いいか・・・森田きみこは福島学院大の国府吉春と恋仲になった。
   きみこは音楽家の夢を捨ててまでも国府との恋に突っ走ろうとしたんだよ。
   そんな時、実那子はおねえちゃんのために、恋のキューピットをかってでたんだろ?
   おねえちゃんから手紙預かってさ、国府のいる学生寮まで届けたりしたんだろ?
   その頃のことだったら濱崎さんが一番よく知ってんだろ。その学生寮の連中らにとっては
   実那子、マスコットのみたいな存在だったんだ!」
実那子「でもその時、私は父親から虐待されて、ボーイフレンドが父親の手で・・・・」
直季 「でもそれでもだよ。それでも、実那子が・・・森田実那子が笑顔を失わなかったのは
   何故だと思う?」
実那子「わかんない」
直季 「森田実那子って、そういう女の子だったんだよ。
   自分がどんなに暗いモノを抱えていたとしても、回りの幸せのためだったら優しくなれたんだよ。
   心がボロボロでも、顔一杯で笑うことができたんだ。そういう女の子がいくら憎いからって
   実の親を殺せると思うか?
   ・・・しっかりしろよ! おおばみなこっ!! ・・・もっと自分を信じろよ。なっ・・・」

実那子「12月24日の結婚式で私は生まれ変わることができるのかな?
   昔どんな女の子だったとしても・・・」
直季 「結婚てそういうもんだろ・・・」

実那子「あれからちょうど15年になるのね・・・。・・・ねぇ・・・」
直季 「ん?」
実那子「殺人罪の時効って15年よね」
直季 「15年後のクリスマスイブ・・・」
実那子「時効成立の日・・・私がもし殺人犯だったとしても・・・生まれ変わることができる日・・・」

相変わらずの実那子の様子に、直季は舌をならしてその場を去った。

 

***森田家の墓前***

国府が紙袋からノートのような物を出して墓石の上に置き、手を合わせる。

 

***直季の部屋***

地図を広げて直季が今までの経過を一人、整理しようとしている・・・
「旧森田家。父親が勤めていた市議庁舎。国府が住んでいた学生寮。少年が溺死した・・・川。この狭い町で彼らの間に何が起こったのか・・・。クリスマスイブの事件はどうして起こってしまったのか。そして、時効成立の12月24日・・・」

由理がケーキを持って訪ねてきた。由理は直季の顔色をうかがいながら、部屋の中へと入ってきて、直季に話しかける。
由理「あたし・・・まだ言ってなかったよね。
   何しに実那子さんの勤め先まで押し掛けて行ったのか・・・」
直季「想像はつく」
由理「直季の実那子さんに対する感情は義務なんだって。15年間ずっと見続けてきたから、
   この際最後までみつめやろうっていう自分への義務感・・・愛なんかじゃ、絶対ないって・・・
   実那子さんも直季のことなんか絶対好きにならないって・・・」

黙って聞いている直季を横目に、由理は続ける。
由理「・・・あたしね・・・最近よく思うんだ。直季といつか暮らす小さなおうちのこと・・・
   いいよね勝手に想像するくらい・・・。小さなおうちには、直季の手作りの電灯があって、
   いつも明るくみんなを照らしてるの。強い光、暖かい光、かわいい光。赤ちゃんには・・・
   豆電球の光。直季の色んな光が、家族を照らすの」
直季「なっ・・・早く皿持ってこいよ」
由理「あっ、ケーキたべる? ちょっとまってて、すぐ用意する」

そこへ敬太からの連絡が入る。敬太は実那子と父親の秘密を探り当てたのだった。
敬太「聞いて驚くな。森田実那子と森田あきひとには血のつながりがなかったんだ。
   二人は本当の親子じゃなかったんだよ」
直季「なんだよそれ・・・」

 

***実那子と輝一郎のマンション***

実那子は、一人で考えていた。
直季の話から想像する自分の過去や家族のこと、そして輝一郎にふさわしい自分であるのかどうかについても。

「・・・父、森田あきひとは御倉の教育委員から御倉市議会に二期連続で当選。代々広い山林を所有し、地元の名士だった。
母、森田和子は旅館の娘だった。父とは見合い結婚。森林保護のボランティア活動で、地域の婦人会をまとめていた。
5つ年上の姉、森田きみこは天才バイオリニストと歌われる地元の星で、芸大進学を目指していた。
・・・私たち家族は一点の曇りもない幸福に包まれていた。
・・・家が改築され、私と姉に一部屋ずつ与えられた頃だった・・・(父親による乱暴シーン)・・・夕べの出来事は悪夢だったんだと、私は自分に言い聞かせた。体のあちこちに青あざが残っていても・・・。
ある日、私は耐えきれず、母に相談した。
「私、どうしてお父さんにこんなことされなきゃいけないの? おねえちゃんが何もされないのはどうしてなの? どおして私ばかりなの? ねえお母さん、どうして? どうしてなの? お母さん・・・」
母はなんて答えたのだろう・・・考えてしまう。どうして人間は過去ナシでは生きてけないのだろう・・・
残酷で汚れきっていて、目を背けたくなる過去であっても、人間はどうしてそれを必要としてしまうのだろう。(輝一郎の寝顔を見ながら)本当に私はこの人にふさわしい女なのだろうか・・・。この人を幸せにできる女なのだろうか・・・」

 

***沖田将人の家***

直季と敬太は、将人のお母さんの話を聞きにきている。
将人の母「小さな恋のメロディーっていう映画、ご存じですか?
    僕たちはダニエルとメロディーみたいだって息子が笑って話していたのを今でも思い出します。
    (中の良さそうな二人の映像)・・・みなこちゃんには僕が必要なんだ。僕がいつもついていて
    やらなきゃいけないんだ。そんなこと、あのこは言ってました」
敬太「で、交換日記っていうのは・・・」

将人の母は、「息子の供養になる気がする」と言って、二人に将人と実那子の「交換日記」を手渡し、お茶を入れるために中座する。

二人は早速日記を開く。


〜 私は昨日お母さんから聞いたの。
  私がどうしてお父さんからあんなひどいことをされなきゃいけないのか・・・。
  お母さんは驚いていた・・・。
  お母さんに聞くと、お母さん泣きながら、実那子のお父さんは別にいる・・・。
  お父さんは私の本当のお父さんじゃなかった・・・。
  お母さんは旅館の娘でお母さんが高校生の時旅館に毎年やってくる大学生の中に
  好きな人がいたんだって。結婚してからその人とバッタリ再会して、私が生まれたんだって。
  お母さん、お父さんのこと全部話してくれた。この間、話ししてくれた時から、お母さんは私を
  守ってくれる。家の雰囲気を明るくしようと頑張ってる。お父さんもひどいことはしなくなった。
  ただ、私は本当のお父さんのこと、ずっと胸の奥にしまっておかなければいけないような気がするの。
  将人くんどう思う?

  なら、こうしないか。僕たちがそれぞれ大切にしている物をタイムカプセルにしまって
  御倉の森に埋めるんだ。僕は運動会でもらった一等賞のメダルを埋めるから、
  実那子は本当のお父さんの写真を埋める・・・ 〜

敬太「タイムカプセル?」

直季は日記をさらに何枚かめくって、地図を発見する

 

***森田家のお墓がある墓地***

直季と敬太が話しながら森田家の墓を探している。
直季が先に気付き、墓石の上に置かれた「バイオリン協奏曲二短調」の楽譜を見つける。
そばにいた住職の話から、国府が来ていたことを知った。

直季は、墓参りを終え、「どうする・・・これから」と聞いてきた敬太に答える。
直季(後ろに広がる山を見て)「森に行ってみる」
敬太「俺たちの森と違って・・・なんだか暗くて、さみしそうだなぁ」
直季「でも、あそこが・・・実那子にとっての眠れる森だったんだよ」
敬太「よし。タイムカプセルの発掘だ」
直季「あ、俺一人でいいよ」
敬太「ひっでえよなぁ、ここまでやらせておいてさあ・・・。おいしいところは全部一人で持ってく気かよ」
直季「実那子の本当の父親盗み見るのは、俺一人でいいって・・・。
   俺は君のクライアントなんだから・・・ねっ」

二人の様子を木陰からじっと見る国府の姿がある

 

***夜の眠れる森***

夜、懐中電灯を手にした直季が森の中を歩いている。地図と回りの景色が一致する場所を探している。

 

***実那子と輝一郎のマンション***

実那子「話があるの」
輝一郎「何」
実那子「結婚、考え直して欲しいの。あなたのこと愛してる。
    だけど、自分の家族を殺したかもしれない女、そんな女と結婚したら・・・不幸になる」
輝一郎「何言い出すんだよ」
実那子「12月24日の結婚式を取りあえず延ばして欲しいの。ゆっくり考え直そう」

 

***夜の眠れる森***

森の中、直季が縄付き岩を見つける。「あった。・・・巣箱・・・」次に巣箱を探して見つける。

 

***実那子と輝一郎のマンション***

輝一郎「ダメだ。ダメだよ。実那子。過去に負けるのか。俺たちの未来がどうして
    過去なんかに負けなきゃいけないんだよ」
実那子「私には父を殺す理由があった。父のこと憎んでいた・・・」 
輝一郎「関係ないよ。そんなこと・・・」
実那子「母や姉にも同じような気持ち、抱いてたのかもしれない。
    父が私にすること、見て見ぬ振りしている母のことも、私は憎んでたのかもしれない。
    姉の才能にも嫉妬してたのかもしれない・・・」
輝一郎「どうでもいいんだよ。そんなこと・・・」
実那子「私は些細なことであなたのこと憎んで、殺してやりたいと思うような女なのかもしれない」
輝一郎「そういう女でも構わないんだよ。俺は。実那子、・・・実那子。実那子に殺されるなら
    俺、それでもいいんだよ。前に話しただろう。今だってたったの8秒で過去に変わるんだ。
    15年も前にあったことなんて、どんどん底の方に埋められていくんだよ。
    そんなもの、うめてやればいいんだよ」

 

***夜の眠れる森***

「1,2,3,4・・・」直季は歩数を数えながら歩く。「・・・20。」左手方向を懐中電灯で照らし出す。
「・・・縄つき岩。・・8歩」確かめるように歩き8歩めで止まり、スコップを突き刺して、上着を脱ぐ。
後方の人の気配に一瞬気づき、回りを照らすが何も発見できない。
上着を投げ、髪を結ぶ直季を国府が冷たい目でみている。直季は、近づいてくる国府にも気付かず堀り続ける。

 

***実那子と輝一郎のマンション***

輝一郎「どんな事実が浮かび上がってきても、実那子がどんな恐ろしいことを思い出しても、
   俺、信用しないよ。自分の目で見た物しか、俺は、信じない。それが何か分かるか?
   15年前に俺がほんとに見た実那子だよ。実那子、いつも笑ってたよ。
   テストで30点取って落ち込んでても、俺が元気づけてやるまえに自分で
   「また頑張ればいいよね」って言って、笑顔に戻ってた。実那子はそういう、素敵な明日を
   信じてる女の子だった。俺、実那子といると楽しかったよ。一緒にいると、俺にも
   素敵な明日があるんじゃないかって信じられるような気がしたから・・・。そんな実那子が、
   俺の目の前にホントにいたんだ。だから俺はそれしか信じない。こうやって手を触れることの
   できる実那子しか信じない。だから早く笑ってくれなきゃ・・・。笑ってくれよ。実那子・・・実那子」

 

***夜の眠れる森***

直季のスコップの先が何かに当たり、やがて透明なビニールに入れられた四角い包みを発見する。
包みの中にはすっかり錆びたスチールのかわいい小箱・・・。
ふたを開けると、「ようこそ未来の僕たち」と幼い字でかかれた1枚の紙。やりきれない表情の直季・・・。
白い綿をどけると、メダルが現れる。その下に、小さなペンダント・・・。
直季は開けにくいそのペンダントの蓋をこじ開ける。
固定してある懐中電灯の明かりを探し、その明かりの中で写真を確認する。硬直する直季。
驚きとも衝撃とも取れない直季の目に移る本当の実那子の父親。
直季の知ってる顔だったのか、おもむろにペンダントを元の缶のなかにしまいだす。
その動作がどんどん早くなり、扱いも荒くなってくる。最初にそうされてたように紙に包み直し、ビニール袋に入れる。存在を隠すかのように手で回りの土をかき集め、埋め戻していく。道具を使うことも忘れてるかのように、必死で埋め戻そうとする直季・・・。

その姿を相も変わらず、冷めた目で国府が見つめている。

 

***実那子と輝一郎のマンション***

輝一郎「もうここでいいよ。あっちに渡ってタクシー乗るから・・・。(実那子が小さな紙袋を手渡す)
    なんかあったら、すぐ電話すんだぞ。(うなずく実那子)」

実那子(歩き出した輝一郎を呼び止める)
   「輝一郎。・・・信じていいの? 素敵な明日がほんとにあるの?」
輝一郎「8秒の今を精一杯に生きることができたら、きっとあるよ。・・・ふっ・・・おやすみ」
実那子「仕事頑張ってね」
輝一郎「ああ」

輝一郎が道路を渡って反対側の歩道から、実那子の方を見た。二人は手を振り合い、実那子は家へと戻っていく。
その姿を見ながら歩き出す輝一郎・・・タクシーを探すため、歩道の植え込みが切れた辺りで立ち止まり、回りを見渡す。

輝一郎の目に母の姿が飛び込んで来る。
輝一郎の母は実那子がいた方へと顔を向ける。
輝一郎の母の口がゆっくりとハッキリ動く・・・輝一郎はその動きに合わせるように言葉を拾う。
「あの女は? ・・・あの女は・・・お前の明日を滅ぼそうとしている・・・心を惑わされては・・・だめ」不適な笑みを浮かべて、輝一郎の母は輝一郎に背を向けて去っていった。

 

***夜の眠れる森***

さっきまで直季がいたその場所では、国府がタイムカプセルを掘り起こしていた。
ペンダントを開け、月明かりか何かの少ない明かりでその写真の顔を確認する。
一瞬驚き、直季の去った方を見る。

 

***迷走***

直季は、追いかけてくる物から必死で逃げるかのように車を走らせていた。
何かにとりつかれたように一刻も早くあの森から、少しでも遠く離れたいかのような勢いで、ライトに照らされた道を猛スピードで走っていた。
タイヤをならしてカーブを曲がり、止まることを拒むかのように歩道のある道を右折し、木ぎれを踏んでタイヤを取られる。電柱に接触しそうになりながら、急ブレーキを踏み、反転しながら止まる。

直季は・・・ハンドルに顔をもたれかけるように突っ伏したままだった。
間をおいてゆっくりと頭を起こしたが、その顔には、一歩間違えば接触事故になりかねなかった状況にショックを受けてる様子は、みじんもない。
瞳は精気を失い、半ば放心状態のように、宙を見つめている。

「・・・・・・・そうゆうことだったのかぁ・・・」

・・・直季は絞り出すようにそう言うと、瞳を閉じた。

 

 


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