天然痘

[ 1 : 天然痘の流行 ]

痘瘡(天然痘)の病原体は、 バリオラ・ウイルス ( variola virus )という伝染性の強いウイルスで、人から人へと 空気感染や接触感染 をします。日本では
  1. 明治 18 年 ( 1885 年 )〜 明治 20 年 ( 1887 年 )

  2. 明治 25 年 ( 1892 年 )〜明治 27 年 ( 1894 年 )

  3. 明治 29 年 ( 1896 年 )〜明治 30 年 ( 1897 年 )

の合計三度、患者数が 1 万人 におよぶ天然痘の大流行がありました。これ以外にも敗戦直後の昭和 21 年 ( 1946 年 ) には、外地からの引き揚げ者や 朝鮮半島からの種痘を受けない密入国者 が急増した為、患者発生数 1 万 8 千人 の大流行があり、 3 千人が死亡しました。

[ 2:種痘 ]

日本における種痘は明治 18 年 ( 1885 年 ) に種痘規則が制定されましたが、それによれば 1 才未満と、5 才〜7 才の間に合計 3 回の実施が義務付けられました。その後明治 42 年 ( 1909 年 ) の種痘法によれば、

第一条 種痘ハ左ノ定期ニ於テ之ヲ行フ、但シ痘瘡ヲ経過シタル者 ( 天然痘に罹ったことがある者 )ニ付テハ此ノ限ニ在ラス

  1、 第一期 出生ヨリ翌年 6 月ニ至ル間、但シ 不善感 ( 種痘後、傷口にオデキができない場合 )ナルトキハ、翌年 6 月ニ至ル間ニ於テ更ニ種痘ヲ行フヘシ

 2、 第二期 数ヘ歳 10 歳、但シ不善感ナルトキハ、翌年 12 月ニ至ル間ニ於テ更ニ種痘ヲ行フヘシ

定期前 2 年以内ニ善感シタル種痘ハ第二期ノ種痘ト看做ス

ということで 善感 した場合、つまり種痘を植え付けた傷口に、「 オデキ 」ができて成功した場合には、合計 2 回で済むことになりました。 しかし昭和 31 年 ( 1956 年 )以降、国内での天然痘患者の発生は ゼロ となり、法律による種痘の義務接種も昭和 52 年 ( 1977 年 )で廃止され、以後は任意接種になりました。

[ 3 : 天然痘の症状 ]

下の写真は W H O( 国連の世界保健機構 )が製作した天然痘診断、教育用のスライドで、患者は アフリカ系の幼児です。天然痘に感染すると発熱と共に身体のあらゆる所に発疹ができて、それが膿( ウミ )を持つ膿胞 ( のうほう )に変わりますが、死亡率については種痘 ( ワクチン接種 ) をした人は ゼロに近い 1 パーセント 以下、しない人は 30 〜50 パーセントという高率の病気で、治っても右側の写真のように オデキの跡が必ず残りました。


なお記録によれば明治天皇には天然痘の病歴があり、父の孝明天皇は天然痘で死亡したとされますが、強硬な攘夷派でした孝明天皇を、開国派が毒殺したとする説もあります。

毒殺説について詳しく知るには、ここをクリック

W H O の長年の努力が実を結び 昭和 55 年 ( 1980 年 ) には、W H O は世界中から天然痘を撲滅したとする安全宣言 を出しました。そして米国とソ連の 2 箇国だけが、天然痘の ウイルスを厳重に保管することになりました。その理由は バイオ ・ テロに備える予防法の研究の為だそうですが、その昔 イギリスによって天然痘の ウイルスが戦争に使用されました。

[ 4 : バイオ ・ テロの実行 ]

天然痘の病原体の ウイルスが最初に 生物兵器 として使われたのは 18 世紀半ばの北米大陸で、 イギリスと フランスが 北 アメリカの植民地支配をめぐり戦いましたが、その際のことでした。 フランスが インディアンを味方に付けて戦ったことから、英語では フレンチ ・ インディアン戦争 ( French and Indian War ) と呼びます。

その際に イギリス軍は フランス軍に味方する インデアンの間に天然痘を流行させることを計画し、 天然痘患者が使用した毛布 を、英国兵が インディアン達に配りました 。その結果 インディアンの間に天然痘が大流行し、 多数の インディアン が死亡しました。 この事件は エドワード ・ ジェンナー( Edward Jenner ) が 種痘を発見する 30 年 以上前のことでした。

死の床

前述の如く今では天然痘の脅威は無くなり種痘の予防接種も世界中で廃止されましたが、万一 テロリストが天然痘の病原菌を入手し、多量に培養してそれを大都市の人混みで散布すれば、種痘の接種を受けた事が無い、つまり 免疫の無い人達 にたちまち感染し、天然痘が大流行する危険を一部の医学者は恐れています。 日本では 30才台後半以下の人がそれに該当するはずです。

右上の写真は死の床 ( Death Bed ) にいる天然痘患者の姿ですが、天然痘 ウイルスは皮膚に発疹 ( 痘瘡、とうそう ) を生じるだけでなく、 口 ・ 鼻 ・ 喉頭の 粘膜 ・ 肺 なども冒して肺炎 ・ 敗血症を併発して死亡します。

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