12、手術の苦しみ

灌流液の悪影響

La Vien Rose の曲を聴いていると、サラサラと水が流れる音がするのに気が付きました。なぜ水の音が?と周囲を見ると ベッドの横の点滴用の支柱に、2 リットル以上もあるような液体の入った ビニールの袋が釣り下げられていて、そこから ビニール ・ チューブが股間に伸びていました。その袋は空になるのが早く、頻繁に交換していました。

手術は尿道から挿入した内視鏡で前立腺の肥大部分を テレビの モニター画面で見ながら、先端についた高周波電流の メスで内側から少しずつ削ぎ落としますが、その際に 細い動脈 も切除して電気凝固で止血します。

サラサラという水音は傷口の出血から内視鏡の視界を確保するために、内視鏡の先端部と傷口を連続して洗い流すと共に、前立腺の 削り カス を尿道を経由して一緒に吸引し、体外に運び出す灌流液の流れ出る音だったのです。

手術開始から 30 分ぐらい経過した頃から何となく気分が悪くなってきました。我慢していましたが不快感は増すばかりで、次第に吐き気を催して来ました。( 注:1 )

頭の辺にいた看護師が私の顔色を見て 「 気分が悪いのですか? 」 と尋ねたので、そうだと答えると医師の 1 人が 「 血圧は? 」 と尋ね、看護師が 「 下が 72 」 と答えましたが、それは私の正常時の血圧でした。何時でも吐けるようにと、顔の横に嘔吐用の容器を用意してくれました。

遂に我慢しきれずに手術中に 一度だけ嘔吐しましたが、絶食していたため胃液だけが出てきました。嘔吐の最中は手術を中断しましたが、その後手術は再開され、相変わらず気分が悪いまま開始から50分ほどで手術は終了しました。

それから バルーン ・ カテーテル ( 膀胱に入れた導尿管 ) を膀胱から牽引して( 注:2 ) ももに固定し、シーネ ( 固定する器具 )を着けた結果 右足は ギブスをはめた様に動かなくなりました。

注:1 )
灌流液は体液に近い成分の電解質溶液で、具体的には塩化 ナトリウム、塩化 カリウム、塩化 カルシウム、乳化 ナトリウムなどの成分を含んでいます。

手術で前立腺の傷口を洗い流す際に、灌流液の成分が傷口から 静脈 に入り、 体内の電解質の バランスに異常をもたらして低 ナトリウム血症となり 、吐き気や血圧低下などの症状を起こすのです。( T U R - P 症候群と言います )。そのため一般にはこの手術に要する時間は、90 分が限度と言われています。

しかし船酔いなどと同様に個人の体質によって大きな差があり、私の友人で吐き気を全く感じなかった人もいました。一説によると アルコールの好きな人はこの症状を起こし難い、ともいわれますが真偽のほどは不明です。

膀胱内の風船 注:2)
手術終了後の処置としては以下の理由から膀胱内にバルーン( 風船 )付き尿道留置 カテーテルを挿入し、バルーンを滅菌蒸留水で膨張させました。


  1. 膀胱出口付近の傷口からの出血を防ぐため。

  2. 傷口を尿と接触させないため。

  3. 切除した部分が腫れて、尿道が閉鎖されるのを防ぐため。

それを牽引した状態にして右足の 「 太もも 」に固定しましたが、尿 ( 血尿 )は、カテーテルを通じて外部に自然に流れ出て、用意した蓄尿容器に溜まりました。

集中観察室

手術室から ナース ・ ステーションに隣接する集中観察室に移されましたが、そこでは 24 時間連続して点滴を続けると共に、血液中の酸素濃度が低下したので酸素吸入が必要となり、吸入チューブを鼻に入れられました。

それに加えて尿道 カテーテルの管と、身体には合計 3 本の管が装着されました。

以下の理由から、その夜は文字通り 一睡もできませんでした。

  1. 手術後、排尿に含まれる血液の凝固で カテーテルが詰まるのを防ぐために、夜中の 12 時まで ( 10時間 )、流量は少なくなったものの灌流液を流し続けたため吐き気が持続し、2 時間おきに合計 5 回も嘔吐したこと。

  2. 日頃は横向きに寝る習慣の私にとって、右足を固定され身動きできず仰向きに寝たままの姿勢は苦痛だったこと。

  3. 右腕に着けた自動血圧計が 30 分毎に圧力を掛けて締め、血圧を測定し記録したこと。

  4. 隣室の ナース ・ ステーションで頻繁に鳴る ナース ・ コールの音や電話の音に、眠りを妨げられたこと。

  5. 集中観察室内の照明が明るかったこと。



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