1998年、早春
荘一郎のマンション。
哲平と荘一郎は将棋を楽しんでいる。
先手必勝と攻め込んでくる哲平に対して、考えこんでいる荘一郎。
「ほら、そうやって考えてばかりで手うとうとしないでしょう。そんなんだから、オンナにだって逃げられるんだって。」
「惚れたオンナに逃げられたのはおまえも同じだろ。おまえなら、言えるか?思いの丈ぶつけて引き止められなかった相手に帰ってきてくれないかなんて。」
「言えないか。こっちもむこうもギリギリの選択だったからね。」
2人はそれぞれに惚れたオンナに思いを残していた。理子がいない哲平の部屋、冷蔵庫に残された理子の形跡「哲平スケベ」・・
哲平は1人で、理子の思いが飾られたクリスマスツリーのリンゴを一つ一つ取り外していく。
会社では、理子の代わりにカナザワハルミが経理課より来ることになっていた。
ハルミは哲平を熱い視線で見ていた。
そのころ、理子は哲平への思いを断ち切るかのように懸命に実家のペンションの仕事を手伝っていた。
妹・ミドリは、そんな姉に「あの人カッコよかったもんね〜」と理子の気持ちを逆なでするようなことばかり言ってしまう。
そんな中、理子のことを心配してエリカがペンションにやって来た。
2人でのんびりお風呂に入りながら、エリカは理子に聞く。
「まだ哲平くんのこと怒ってんの?」
理子は「怒ってるんじゃない。私のほうが哲平に悪いことしちゃったんだ。」という。そんな理子にエリカはちゃんとごめんなさいと伝えればとアドバイスするが、理子は「今更そんなことはできない。」と。
哲平があんなに真剣に思っていてくれたのに、理子はちっぽけなことから妄想を膨らませてしまって、恥ずかしいというか自分に嫌気がさしたという。
だから今、哲平に会っても同じ事の繰り返しだと思うと。
理子がお風呂からあがると姉がなにやら小脇に抱えてやってきた。
「あんたもこの家で落ち着くんだったらそれなりに考えてもらわなきゃ。」それは、お見合い写真だった。
絶対いやだ!と言う理子に姉は一度会ってみなさいと。
その会話をエリカが聞いていた。
一方哲平は、東京で吉本らと男3人・女3人で合コン中。
哲平は1人の女性とポッキーゲームに興じるが心がのらない。
携帯に自分の電話番号を入れてあげると言うその女性に携帯電話を渡す哲平。でもその携帯には理子のプリクラが貼られたままだった。
その仲むつまじいプリクラを見て、その女性は哲平の思いが理子にあることを悟る。
哲平はフッと理子の重さを感じてそのまま携帯をしまう。
理子への思いを残したまま、仕事にむかう哲平。
クリエィティブ課との打ち合わせも無難にこなすが、以前のような力強さがない哲平。哲平はクリエィティブ課のサカイに
「ちょっと変ったよな〜前は言いたいことをえらそうにバンバン言ってたよな。どうしちゃったんだ。なんかさ、つまんないんだよな〜」と言われてしまう。
そんな哲平を心配そうに見つめる上司
黒崎は、哲平を飲みに誘い、様子をうかがう。最近、周りの人の意見も考えて自分にブレーキをかけてしまうという哲平に黒崎は「それはおまえが少し大人になったということじゃないかな」と言う。
そして、その原因が理子にあると気づいている黒崎は哲平に理子との関係を心配して尋ねる。
「迎えに行きたいとは思っているんですけど。」哲平がポツリと言う。
「でも、迷ってるのか?」
「いや、そうじゃなくて・・いまあいつ迎えにいくことって、彼女に人生まるごと俺が引き受けることになると思うんですよ。そう考えるとまだ自分自身にOK出していないのになんで他人の人生引き受けられるんだろうと思っちゃってだめなんですよ。」
そういう哲平に黒崎は
「人間なんてそんな強いものじゃないから、誰かにそれも自分の一番身近な誰かにOKを出してもらってやっと、こんな自分でも生きてる意味があると思える。そんなものじゃないかな」とやさしく言って聞かせる。
長野では、理子の思いとは裏腹にお見合い話がどんどん進んでいく。
かたくなに嫌だと言う理子に「好きな人がいるの?」と問い詰める家族。「いないよ
別に。」と理子は答えてしまう。
哲平は長野から帰ったエリカと哲平の家の1階のインドカレー屋で会っていた。
理子のことが聞きたかったのだ。エリカの誘いにも気がつかないほど、理子のことを思っていた。
「こんないいやつほっといて理子ったらお見合いするとかいうんだからね〜」
「誰が?」
「理子ちゃん」
哲平は急いで理子がお見合いをするという理子の長野の実家へ行こうとする。
そんなところに荘一郎がワインを持ってやってきた。
哲平は急いでいるから今度と言ってドアを開けると、そこにはさなえが立っていた。
「哲ちゃん、荘一郎さんの様態は?」
それは哲平がふたりを会わせる為に仕組んだことだった。
さなえに会いたいのに行動に移せない兄・宗一郎の為に、さなえに荘一郎が入院したといウソをついて中国から呼び戻したのだった。
哲平は2人を残して、急いで長野に向かった。
荘一郎とさなえはぎこちなく挨拶をして・・・帰ろうとするさなえを荘一郎が食事に誘った。
荘一郎が北海道に転勤になるということを哲平に聞いていたさなえは、婚約破棄をしたせいじゃないかと気をもむが、荘一郎はそうじゃない気にしなくていいという。
そして、北海道に行くことになってむしろよかったと。
自分の弱さ、カッコ悪さがよく見えるようになったという荘一郎。
さなえは暖かいまなざしで荘一郎を見つめていた。
しんしんと雪がふるなか哲平が理子のペンションを捜していた。
ペンションの前にいる理子の妹に気づいて駆け寄る哲平。
そして、理子が今お見合いしている最中だと聞かされる。
理子はお見合いの相手に趣味を聞かれて手品を披露していた。
あぜんとした雰囲気を取り戻すため、姉がお見合い相手の趣味を尋ねる。
興味のない理子が目にしたものはガラス越しに見える哲平の姿。
雪のなか哲平が駆け寄ってくる。
理子は動揺していた。
哲平がお見合いの最中のドアを開ける。
理子は席をはずして、哲平を外に連れ出す。
「何やってんの!」
「おまえがお見合いするっていうから・・・・ただ相手がどんなやつか見に来ただけです!」
相変らず素直になれない2人。
久しぶりに会ったふたりなのに、お見合いのことで言い争ってしまう。そして、「田舎帰っても全然変ってないな〜自己中で我侭で・・・」と哲平に言われた理子は「別れてもかわんないね・・」と逆襲。
その言葉に哲平は
「別れた
別れたっていうな!俺のなかじゃまだ全然片付いていないんだから。」
じっと哲平を見つめる理子。哲平が目をそらして言う・・・
「あ・・それともおまえのなかじゃ、もう整理ついてんの?」
理子が何も答えないうちに、お見合いを取りやめた理子の家族が出て来た。
理子の父は哲平に小さく頭を下げ、母は哲平を家に招待した。
戸惑っている哲平に理子は「寒いから、はやく」と思わぬ展開に驚きをかくしながら、家に誘った。
気まずい思いで理子の家に向かった哲平に理子の母は、晩御飯を一緒にとやさしく声をかける。理子の姉妹もそれぞれに哲平を迎え入れた。
ぎこちない様子で理子の家族とテーブルを囲む哲平。
2番目の姉までも駆けつけていた。
「この子のどこがいいんですか?」「長男ですか?」
理子の姉妹は遠慮なく聞いてくる。
「お見合いをぶち壊しに来てくれる彼がいるなんて理子は幸せもの」勝手に盛り上がっている姉妹達。お見合いを持ち込んだ姉は、複雑で姉妹で言い争いが始まった。
哲平と理子は何も言えないままただ並んで座っていた。
理子の父がその言い争いを一喝して、静かに哲平にビールをすすめた。
理子はそんな哲平を見つめていた。
暖炉の墨でタバコに火を点ける哲平。
暖炉の火を灯かりにやっと2人になった哲平と理子。
「あたしね、ホント言うと今日哲平が来てくれてすごくうれしかった。」素直な理子の気持ちである。
理子は正直に自分の思いを語る。
どうして哲平のことを疑ったのか・・・・自分なりにいろいろ考えたという。
「好きになればなるほど哲平のやることなすことにいちいち舞い上がったり落ち込んだりしてた。哲平といると自分がなくなってた。それじゃだめだからもうちょっと強くなろうと思う。1人でいても哲平といても同じでいられるように・・・・。」
そんな言葉を残して理子は哲平に「おやすみ」を告げて部屋を出る。
哲平は窓の外の降りしきる雪をいつまでも見つめていた。
翌朝、東京に帰る哲平を理子の家族がやさしく送り出す。
理子の父は車のキーを理子に渡して「送ってあげなさい」と。
ペンションの車に乗り込む理子。助手席に座ろうとする哲平に「後ろ」とつれなくいう理子。そんな態度の理子に哲平が頼みごとをする。
「駅にいく前にちょっと寄って欲しいとこあんだけど。ほら、おまえがいつか言ってた10秒に1回は流れ星が見れるってとこ。どんなとこか見てみたいからさ。」
バックミラー越しに哲平を見つめる理子。
雪の上をふたりを乗せた車が静かに走っていく。
ふたりを乗せた車が辿り着いた場所は哲平が見たかったところ。
そこは誰もいない真っ白な雪のゲレンデの頂上だった。あるのはガラスのリンゴをもった女性の看板だけ。
「すげーな〜」哲平は雄大な眺めに感動していた。
白い雪にふたりの影が並ぶ。
理子は哲平に小学校の頃の思い出を語る。
いつものように少しだけ軽口がたたける。
そんな理子に哲平はここに来た本当の目的を話す。
「おまえさ、ハゲって嫌い?」 「嫌い」
「じゃー腹の出たオヤジは?」 「いやだ」
意を決したかのように哲平が続ける。
「おまえさ、俺がハゲて腹の出たカッコ悪いジジイになんの、隣でずっと見ててくんない」
風に吹かれながら太陽の光を浴びながら雪の上で見詰め合うふたり。
「そのかわり俺は、おまえがさ顔にしわ出来て、胸もたれてさ、皺くちゃのババアになっていくの俺ずっと見てくから。」
哲平の理子へのプロポーズの言葉だった。
ふたりの後ろにはガラスのりんごもつ女性の看板・・・
True love never runs smooth
一面雪の真っ白い中で哲平は理子に自分の思いをつげる。
哲平はどうやっても理子のことが嫌いになれないという。
「きっとこの気持ちは何十年経ったって変らんないと思うからさ、だから・・俺がジジイになんの見ててくれよ。俺も見てるから・・・おまえがババアになったくの。」
はにかむように、でもしっかりと。
「私は・・」表情を変えないまま何かを言おうとする理子を制するように哲平が言う。
来週、今度の土曜日暗くなるまでにまたここに来るから。そのとき理子がいなかったら諦めると。
哲平は理子に同じように1人で強くなろうとしていたことを話す。でも哲平は思い直していた。
「そんなこといってたら一生ふたりになんてなれないだろ。いいじゃん別に1人で強くなろうとしなくても。だからおまえも言うなよ。1人で強くなるなんて。ふたりでいっしょに強くなればいいんじゃん。」
「またさ、ここに、今度はジジイとババアになってさ。一緒に座って。次はちゃんと流れ星見たいからさ。」
理子に思いを告げてホッとした様子の哲平の横で、ほのかに理子の表情が緩んでいった。
東京にもどった哲平は仕事への意欲が高まったいた。
言いたいことが言える哲平になっていた。
クリエイティブ課の人間とまたもめ始めるが、変ってしまっていた哲平におもしろくないと言っていたサカイは、乗り気になっていた。
一方、ペンションの手伝いを続ける理子は心ここにあらずといった状態だ。
同じテーブルを何回も拭いていて姉に注意されていた。
姉は理子の様子に何かを感じていた。
荘一郎がパジャマ姿のまま玄関を開けるとさなえが立っていた。
上海に帰るので挨拶に来たという。
荘一郎が風邪で熱があると知ったさなえは看病をすることにした。
荘一郎の部屋を感慨深げに見つめるさなえだった。
理子は姉に哲平にプロポーズされていることを話した。
でも理子は迷っていると言う。
「東京であいつと一緒にいていろんなことがあった。楽しいときは楽しかったけど、辛いときはホント辛かった。なんども待ちぼうけくわされて、向こうの気持ちわからなくて死ぬほど不安な思いして・・・。もし今あいつのとこ行ったら私また、天国と地獄の間を行ったり来たりするみたいな感じになっちゃうんじゃないかなって。」
「いいんじゃないそれで。」
姉は理子の迷いを吹き飛ばしてくれた。
「好きだからそうなるのよ。一番好きな人と結婚すると幸せになれないと言う人がいるけど、私はそうは思わない。好きな人と一緒だから、いくら苦しくて辛くても、例えその人に傷つけられても後悔しないで生きていきるんじゃない。」
「それに待ちぼうけ食わされて不安なんてあんたが悪いのよ。あんたただ自分はじっとしてるだけでオトコに幸せにしてもらおうと思っているんでしょ。そんな甘い魂胆はすてて、自分で幸せつかみにいかなくちゃ」
翌朝、理子は実家を後にする。
ペンションの前で父と出くわした理子は、父に哲平のところに行く笑顔で告げる。
父は理子がなぜ長野に帰ってきたか、すべて見抜いていた。
迷いが吹っ切れた理子を父は暖かく見送った。
好きな人のもとへ向かって行く娘を父が呼び止める。
真っ赤なリンゴが一つ父の手から理子の手に円を描いて渡された。
「がんばれよ」その一言とともに。
会社の電話のベルがなる。
理子からだった。会社には哲平はおらず、一人の社員だけいた。
そのころ哲平は、営業課の人達と飲みに行っていた。
理子の代わりに入ったハルミは哲平に興味があるようだった。
そんなハルミを哲平が送って行くことになる。
東京に戻った理子は先程の電話で、哲平の居場所を聞いたらしく店を捜し歩いていた。
ハルミは哲平に誘いをかけてくる。
哲平はそんなことは気にも留めずタクシーを捕まえて帰そうとする。
ハルミが哲平の腕をとる。
もう1件行こうと強引に誘うハルミをかたくなに断る哲平。
そんなやりとりを車道をはさんで理子が見ていた。
哲平の携帯がなる。理子からだ。
「信じられない!人にプロポーズしといて何?誰となりの女!」完全に誤解している。
理子が近くにいる。そう気づいた哲平は理子に居場所を尋ねるが答えない。必死に誤解をとこうとする哲平だが、理子はまたしても哲平を疑ってしまった。そして電話は切られた。
重い足取りでその場を立ち去る理子。
能天気なハルミをタクシーに押し込んだ哲平は、理子の携帯をダイヤルする。理子は携帯の電源を切っていた。
どうすることも出来ずやりきれない思いの哲平だった。
理子のことがどうにもならないまま、哲平はクリエイティブ課の人達とコンペの日を迎えていた。
荘一郎がベットから起き上がって部屋を出てみると、さなえの姿がなかった。
哲平はLIETAX社のプレゼンに全力投球をしていた。
哲平がアイデアを出した30枚すべてポーズの異なるポスターの連作。LIETAX社側に反応が見られた。
哲平は荘一郎のマンションに急いだ。
理子と約束した場所に行く為に車を借りに来たのだ。
呼び鈴を鳴らしても反応がない。
急いでいる哲平がドアのノブを回してみると・・・開いている。
部屋に荘一郎はいない。
その時、哲平の携帯電話が鳴った。
荘一郎だった。さなえを追って空港に来ているという。
でも、一足早くさなえは上海へ。荘一郎は次の便でさなえを追うつもり。
「車は勝手につかえ、じゃな」
そう言って荘一郎は電話を切った。
ドアの開く音。さなえだ!
さなえは荘一郎が寝ている間に飛行機の便を遅らせる手続きに行っていただけだった。哲平に荘一郎がさなえを追って上海に行くつもりだと聞いたさなえはあわてて空港へ向かった。
哲平は我に返って車のカギを捜す。
成田空港。荘一郎は出発の時を待っていた。
さなえは走っていた。荘一郎を捜して空港のロビーを。
荘一郎が出発ゲートに向かう。
「荘一郎さん」さなえの声に振り返る荘一郎。
「私はここにいるわ」
荘一郎は改めてさなえにプロポーズをする。
「おまえが必要なんだ。おまえとやっていきたいんだ。俺のそばにいてくれないか。自分が許せないなんていうなよな。もういいだろう。気にするな。お互いに過ちを責め合っていてもしょうがない。俺たちに一番大切なのはただ求め合ってること。俺はおまえを求めてる。」
「ありがとう ありがとう」
荘一郎の愛に触れたさなえの心が発した言葉だった。
強く抱きしめ合うふたりはもう離れないだろう。
哲平は理子との約束の場所へ約束の時間に間に合うようにはやる気持ちの中、車を走らせていた。
急ぐときに限って、前を遅い軽トラが走っている。
時計を見る哲平。もう日が暮れるまであまり時間がない。
焦る哲平。のどかな道路をひたすら耐えて走る。
やっと前の車が右折してくれる。
やったと思った瞬間、哲平の目に飛び込んだのは道をふさぐうさぎ。
哲平はとっさにハンドルを左にきった。うさぎをさけた哲平の車は路肩にタイヤがおちて動けなくなってしまった。
心配した軽トラのおじさんが見に来てくれたが、動くのは無理だった。おまけに携帯も通じないところだった。
そのころ理子は哲平がプロポーズしてくれた約束の場所に来ていた。
哲平は仕方なく軽トラのおじさんに送ってもらっていた。
理子は沈みかける太陽を見つめ哲平が来るのを待っている。
哲平はつながらない携帯を握り締め、理子を思っていた。
日が暮れて寒さもまして、それでも理子は待っていた。
哲平はなかなか辿り着かず落ち着かないでいた。
理子がついに鞄を持って歩き出した。空には星が輝いていた。
振り返ると、ガラスのりんごを持つ女性の看板にもライトがついた。
理子はそれをじっと見つめていた。
哲平がやっとゲレンデの下まで辿り着いた。
送ってくれた軽トラのおじさんにお礼を言うと哲平は急いで雪の上を駆け上っていった。
出来るだけ早く、1秒でも早く約束の場所に、理子のそばに・・・鞄などかまっていられない。急いで、急いで!
そして頂上へ。そこにはガラスのりんごを持つ女性の看板だけが輝いていた。
力尽きてひざまづく哲平。
その哲平の目はガラスのりんごへ・・・・。
「哲平スケベ」理子の字だ。
理子は来てくれていたんだ。哲平は約束の時間に間に合わなかった自分にとり返しのつかない後悔をしていた。
「流れ星なんか見えねーじゃんよ。」
看板を背に立ち尽くす哲平だった。
哲平の指先が落ち着きなくライターをいじっている。
会社では、先日のコンペの結果を待っているところだった。
電話が鳴るたびに緊張が高まる哲平。
同僚たちはそんな哲平をやさしくはげます。
「こんな光景が前にもあったよな」誰かがそんなことを言う。
電話がなる。静まり返る一同。
「はい、ありがとうございます。」
黒崎課長の声が響き渡る。
じっと聞き入っていた哲平の目が輝く。
拍手がわく。みんなが哲平を祝福する。
クリエイティブの人達とかたく握手をかわす哲平。
みんなが哲平を認めたくれた。
「おめでとう」黒崎が言う。
「前に勝つのがいい仕事だと言ったが、ほんとは勝つか負けるかは時の運なんだ。俺たちの仕事は結果を出さなければ評価されないが、頑張れば結果がでるってもんじゃない。だから結果を別にして、仕事をそのまま楽しめない人間は、人生を浪費してるも同然なんだ。どうだ、この仕事おまえは楽しめたか!」
哲平は自信に満ちた顔で周りを見回し、笑顔で言った。
「はい」
哲平は仕事でOKをもらったのだった。
理子の手の中で放り投げられたガラスのりんごが真っ赤なりんごに変った。
コンペの勝利を祝っての宴会の席に哲平はいた。
乾杯の音頭は哲平にと、かつてのクリエィティブの上司がすすめる。
「今回、こういった結果を得られたのはほんとにみなさんのお力添えのおかげだと思っています。あっ、いままでいろいろご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。」
かつての同僚、クリエィティブの人達に頭を下げる哲平。
「こちらこそ」もう、わだかまりも消えたようだ。
「あと、個人的な感想になっちゃうかもしれないんですけど、今回のプレゼンに営業1課の人間として参加できたことをうれしく思います。」
哲平の言葉を温かい目で見守る黒崎。
拍手がおこる。照れる哲平。
「ホントにみなさん、お疲れさまでした!乾杯!」
会社の仲間たちとうれしそうに時を過ごす哲平だったが、心の底から笑顔になれない。理子のことがひっかかっていて。
コンペが成功してうれしいはずなのに、哲平は寂しく街を歩く。
思い出すのは理子にプロポーズした言葉。それを聞いている理子。
理子との思い出。
時間が逆戻りして行く。
「哲平のことが大嫌いだなんてウソに決まってるじゃん。」
ふたりで行った遊園地。
哲平の部屋で過ごした日々。
「哲平がね、側にいるだけでこれ以上ないって言うくらい幸せなの。」
「こっち向け!こっち向け!」理子が側にいた。
「山の上に登ると流れ星なんてざらだよ。」
いつかいった社内旅行で。
はじめて一緒に朝を迎えた日。
はじめてキスをした時。
ゴルフの練習にも行ったっけ。
哲平が初めて理子の部屋に行った日。
手品も見せてくれた。
婚約指輪を投げるふりしたあの海。
理子・理子・理子・・・哲平は街の中で理子のことだけを考えていた。
最初の出会いはそう・・・
哲平はいつの間にか理子と初めてであった渋谷の映画館前に来ていた。哲平が腰掛けていたその場所には・・・・
「理子!」真っ赤なりんごを持った理子が振り返る。
駆け寄る哲平に、驚く理子。
「2メートル」
「おまえこんなとこで何やってんだ」
「いや・・また東京で1からやり直そうと思って。」
理子は笑顔で続ける。哲平は言葉も出ない。
「私ね。思い直したの。哲平と出会う前の私は、OLしながら手品ならったりして結構一生懸命、自分捜ししてたんだよね。だからこんくらいのことで自分をあきらめちゃいけないって。それが私の結論。」
軽くあいづちをうつ哲平。
「もし哲平と偶然また会えたら、このことだけは言おうと思ってたの。」
不安げな哲平。
「哲平と出会えてよかったって。」
理子は穏やかな笑みを浮かべていた。
何も言えない哲平。
「手だして。」
呆然している哲平の手にりんごを手渡して
「また会えたら会おうね。」
そう言って理子は哲平の横を通り過ぎて行った。
哲平は渡されたりんごを握りしめ、見つめ、そして振り返った。
「理子!」
哲平の声を背中で聞く理子。
「おまえウソつくなよ。10秒に1個なんてさ、あそこ流れ星全然見えないよ!それとおまえ、ああいうところに落書きすんのやめろよ!」
哲平は一生懸命に言った。
理子の目に光るものが、そして唇がほころんだ。
何もなかったように振り返って理子は言った。
「私、ババアになんてならないもん。かわいいおばあちゃんになるの!」
理子はいたずらっぽく微笑んだ。
思いが伝わってホッとした哲平は・・・
「今、なんて言った?」そう言って理子の方に近づいて行く。
「おばあちゃんになるの。」
理子と哲平がふたりらしさを取り戻した。理子は哲平の方に歩きながら言う。
「私が哲平と離れられると思った?」
「無理に決まってるじゃん。」
「偉そうに言わないでよ。あんたみたいなドスケベでちゃらんぽらんな奴と一生やっていける人なんて私しかいないの。」
哲平の右手には真っ赤なりんご。
「偉そうなどっちだよ。なんだかんだ言って俺のこと好きなんだろ」
微笑む理子。
「悔しかったらさ、俺のこと嫌いになってみろ」
「嫌いだよ哲平なんて。でも一生離れてやんない!」
哲平は理子を見つめる。
「蹴飛ばしても、ひっぱたいても一生くっついてってやる。」
自信たっぷりに理子が言う。
哲平は喜びをそっと噛締める。
「ホテル行こうか!」
「カラオケ?」
首をふる哲平。
そして理子に唇をちかづけようとすると、
「あっ」理子が空に向かって指を差す。
哲平はまた理子にからかわれてると思い文句を言っていると・・・理子の手のひらに雪が落ちてきた。
渋谷の出会った場所で雪につつまれるふたりだった。
ガラスのりんごをかざして見ているふたり。
ふたりの手のひらに乗せられたガラスのりんご。
それに哲平の右手が触れたとき、ガラスのりんごは本物のりんごになった。
ふたりでもつガラスのりんごの向こうっすらと幸せの形。
タキシードとウエディングドレスをまとった哲平と理子がカメラの前でポーズを決めている。
ガラスのりんごに写ったものは新郎新婦の哲平と理子だった。
HAPPY END |