洗い場 (7)自分達で出来ることは自分達で

東京から付き添って来た寮母が現地採用の人達と交代し、人数も 4 人から 5 人になりましたが、調理に未経験の 20 歳前後の村の娘さん達が、設備も不十分な炊事場で 1 斗炊きの大釜で 75 名分の食事を作り、衣類の洗濯を手洗いでするのはたいへんな仕事でした。

そのため私達は布団の上げ下ろし、部屋の掃除、食器洗い、トイレ掃除から寺の周囲の清掃、など、自分達で出来ることはすべて自分達でしました。

屋根のない屋外の洗い場での食器洗いの仕事は、雨の日には仲間に傘を差してもらいながら交代で洗い、冬の朝には洗い水に張った氷を割って、「 こおり水 」で食器を洗いました。

冬の朝の掃除では雑巾で拭くそばから水分が凍る、寺の廊下の雑巾掛けは、冷たさで指の感覚が無くなるほど辛い仕事でした。


(8)集団疎開は修行の場

毎朝お湯で洗面し、夏は冷房、冬は暖房の利いた家に住み、食後のあと片づけや家の掃除も手伝わない近頃の子供は、「 しもやけ 」 や 「 あかぎれ」を知らない者が大部分でしょう。最近の青少年の非行を聞くたびに、恵まれた生活環境を当然のことと思わずに、感謝の気持ちを持たせることが必要だと思います。

それと共に欲望 / 欲求を我慢する習慣、困難に耐えることなどを、子供の頃から教え、 時には経験させることが、人格形成の過程で必要なことを痛感しています 。その観点に立てば集団疎開の体験は辛い事、苦しい事の連続でしたが、まさに打ってつけの教育 / 実践の場、換言すれば 「 修行の場 」であったと思います。

過去の人生を振り返ると、困難な事態に遭遇した時、苦しい立場に直面した時には当時のことを思いだして、小学生の時ですらあの苦しさ、辛さを克服できたのに、現在の自分が克服できぬはずは無いと、自分自身を奮い立たせたことが何度もありました。


学童集団疎開の体験は 二度としたくありませんが、その体験から培われた不屈の精神、困苦欠乏に耐える根性、物事に感謝の気持ちを養うことができて、それは無駄ではなかった。私のこれまでの人生において、確実に役立ったと思っています


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